「良い時計してますなぁ」と言われたら何と返す?

京都人夸赞说“您的表真不错”时,该怎么回?

京都の人は遠回しな言い方をして、はっきりと物事を言わないという印象を持っている人もいるのではないだろうか。
在日本,很多人对京都人的印象是,说话拐弯抹角,不喜欢直言直语。
 
京都の人に「良い時計してますなぁ」と言われたら、あなたなら何と返すだろうか。

この言葉の“本当の意味”が話題になっている。

遇到一个京都人夸赞说“您戴的表真不错”时,你会怎么回复呢?这句话的“弦外之音”引发了热议。
 

投稿者のだーます(@da_masu)さんがIT企業に勤務していたとき、京都の老舗企業と商談した際に先方役員にサービス内容をプレゼン。「良い時計してますなぁ」と言われ、時計のスペックについて話したという。しかし、帰り際に先方担当者から耳打ちされ、状況を理解したそうだ。確かに説明が長かったそうで、かなり冷や汗をかいたという。

推特用户@da_masu发帖说,当年在IT企业工作时,跟京都一家公司谈生意,给对方的高管介绍服务内容。谈了一阵后,对方忽然来了一句“您戴的这块表真不错呀~”。这位网友就接过话茬,介绍起了那只表的功能。后来在工作结束后准备离开那家公司时,负责接待的员工悄悄跟他解释说,其实刚才那位高管的言外之意是——你别废话连篇了,时间拖得太久,可以结束了。搞清了状况的网友说,他听了以后感到懊悔莫及,出了一身冷汗,当时那个心情啊,无以言表。
 
Twitter上では、「難易度高いわ」「京都人は腹黒い訳では無く、相手の気持ちを慮るあまり遠回しになってしまうのです」などこの言い回しが話題となり、11万超のいいねが付いている。
帖子发出后,京都人这种拐弯抹角的表达方式在推特上引发热议,网友们踊跃发表感想,有的说“这道题超纲了”、也有的说“京都人并不是阴险,而是太顾及对方的感受了,所以才说得那么拐弯抹角”……这个话题点赞人数超过了11万。
 
「良い時計してますなぁ」と言われたら、確かに「話が長い」という意味だとは気づかず、時計について話してしまう気持ちはわかる。とても遠回しな言い方で、京都以外の人は分からないのではないか。
确实,当有人夸赞说“您戴的表真不错”时,一般人都很难意识到言外之意是“废话太多”,反而会就此接过话茬,聊聊自己的手表,这种情况可能大家都会感同身受。这类绕大弯子的表达方式,不是京都人,恐怕谁都听不懂吧。
 
では、京都の人は「良い時計してますなぁ」という言い回しをよく使うものなのか。その他にも、京都特有の表現がありそうなので、方言学を専門とする、桃山学院大学の村中淑子教授に聞いてみた。
那么“您戴的表真不错”这句兜圈子的说法,京都人常用吗?另外,京都人似乎还有一些其他的特有表达方式。对此,我们采访了方言学专家、桃山学院大学的村中淑子教授。
 

「時計を見ろ、時間がずいぶん経ったことに気づいてくれ!

“看看手表吧!过了多长时间了,一点儿都没注意到吗?
 
ーー「良い時計してますなぁ」は「話が長い」という意味か?
——“您戴的表真不错呀”是“废话太多”的意思吗?
 
聞いたことがないです。しかしたぶん、「話が長い」というよりは、「時計を見ろ、時間がずいぶん経ったことに気づいてくれ!」という意味だと思います。つまり、相手を非難するというよりは、「自分が早く解放されたい、助けてほしい」というような、自分を救済する意味合いだと思われます。
这个说法没听过。不过我觉得,与其说是“废话太多”,不如说是想表达“看看手表吧!过了多长时间了,一点儿都没注意到吗?!”换句话说,我觉得不是在责怪对方话多,而是“求你了,快让我解脱出来吧”这样的心情,是一种救助自己的意思。

ーー「良い時計してますなぁ」は京都の人はよく使うか?

——京都人常用“您戴的表真不错”这句话吗?

 

初めて聞きました。おそらく、京都の人がいつでもどこでも誰にでも使うのではなく、中高年の人がそれほど親しくない人(取引先とか近所の人だとか)を相手に使うのだと思います。

头一次听说。恐怕京都人也不是对任何人,在任何时间和地点都用的,而是中老年人对不是那么熟悉的人(生意对象或是邻居)使用的。


「お茶漬け出しまひょか」の“本当の意味”

“给您来碗茶泡饭吧”的“弦外之音”

——他の京都の分かりづらい言い回しは?

——令人难解的京都“拐弯抹角”式表达,其他还有些什么?

 

京都のお茶漬け以外くらいしか、知りません。誰かのお宅にお邪魔して、「お茶漬け出しまひょか」と言われたら、「いえ、もうお暇します」と言って帰らなければならない。うっかり食べてしまうと、気の利かない人だ、野暮だ、と陰口を言われる、という話。広く知られていますよね。

也就是京都的“茶泡饭”了吧,其他还真不知道。比如你上京都人家里去做客,如果主人说“给您来碗茶泡饭吧”的话,你就得回答“不用了,我这就告辞”,然后赶紧起身离开。你要是真的实实在在傻傻乎乎地留下来吃了人家的茶泡饭,那么背后肯定会被人骂“没心眼儿,不懂事儿”“老土、没教养”了。这是个非常典型的京都式“拐弯抹角”的说法,如今在日本已经人所尽知了。

 

「失礼します」という言葉に対して「そうですか」と答えるのが普通かもしれませんが、それではあまりにも味気ないと感じられませんか?有名なこの「京のお茶漬け」というのは、会話の一つの流れであり、せっかくの和やかな雰囲気を断ち切らないように余韻を持ってお別れするためのもので、お客様を不愉快な気持ちにさせずお帰りいただくための心温まる言葉なのです。

在听到“告辞了”这样的话以后回答“是嘛”太过普通,多少会让气氛变得有些尴尬。而这有名的“京都茶泡饭”作为对话的一种形式,是在不破坏和谐的谈话气氛,保留一些余韵的前提下与对方分别,送客的时候,为了让客人不感到不愉快而说的有暖意的话。

 

どうして茶漬け?茶漬けは簡単で安易な料理の代名詞。『おもてなししない』、つまり『はよ帰れ』という意味につながったのではないか。

为什么是茶泡饭呢?茶泡饭是简单方便食物的代表。会让人联想到“不招待了”、“您差不多可以回去了”这样的意思。

 

いつの間にか言葉が一人歩きしてしまったのでしょう。よほど無礼な人にはそういう意味で使うことがあるかもしれませんが、実際にはそのような悪意を持って使われることは決してありません。

不知不觉中,语言渐渐脱离了自己原本的意思而存在。个别无礼的人另当别论,实际上大多数人说这句话的时候并没有恶意。

 

家人がそう言って本当にお茶漬けを準備されていることもあり、そのお茶漬けを有難く頂いて帰るのがお作法の場合もあるのです。

如果是家人这么说的话,也许真的是在准备茶泡饭,说话人真的希望对方吃了这碗茶泡饭再回去的情况也是有的。

 

心にもないことを平気で言う京都人の“いやらしさ”や“いけずなところ”や“二面性”など悪いイメージだけが広まってしまいましたが、この言葉は京都人の奥床しさの代名詞ではないでしょうか?

心里明明没有这种想法而嘴上又这么说的京都人常常给人一种表里不一的讨厌印象,但是这种说话方式不也代表了京都人的文雅品质吗?

 

京都独特かどうかわかりませんが、類似の表現としては、「おたくのお嬢さんのピアノ、お上手ですね」というと、「やかましいから控えてくれ」という意味、というのもあるかと思います。時計の話と同様で、相手に属する何かを褒めて、それに注目させて、そこに何かしらの問題があることに気づかせるというパターンです。

还有其他一些类似的表达方式,虽然不知道是不是京都特有,比如“您女儿的钢琴弹得真好”,乍一听,似乎是赞美之词,但说话人真心想表达的其实是“钢琴声太吵了,注意点儿”的意思。这个模式跟之前提手表的情况是一样的,就是以表扬的方式,唤起对方的注意,暗示对方去发现其中存在的某些问题。

 

 

京都の人はなぜ遠回しな言い方なのか?

为什么京都人说话喜欢拐弯抹角呢?
 
それについては、すでにいろいろなことが言われていると思います。京都人はストレートにものを言わず高みに立った嫌味な性格の人が多いとか、逆に相手に恥をかかせないための思いやりとして遠回しに言うのだとか、いざというときに「そう言う意味ではなかった」と逃げ道を作るためにわかりにくい言い方をしておくとか。
关于这个问题,有很多说法。比如,有人认为,很多京都人有话不直说、高高在上、生性别扭;相反也有人说,拐弯抹角地说话,是为对方着想,为了不让对方难堪;另外还有人说,那是为了给自己先留一条后路,万一有什么问题,可以辩解说“我不是那个意思”。
 
そのような性格が形成されてきたのは、長年、いろいろな支配者層(天皇家、藤原家、平家、足利家、織田、豊臣など)に支配されてきた京都人がしぶとく生き延びるための知恵だとか。
京都人之所以形成这样的性格,据说是因为京都作为日本的古都,那里的人们长久以来一直生活在各种统治者(天皇家、藤原家、平家、足利家、织田、丰臣等)的强权之下,为了苟活于世,才有了这种智慧。
 
方言学を専門とする村中教授も「良い時計してますなぁ」が「話が長い」という意味合いであるということは、聞いたことがないということで、投稿者のだーますさんが遭遇したのは稀なケースだったのだろうか。
方言学专家村中教授既然都表示以前从未听说过“您戴的表真不错”这句话,言外之意是“你废话太多”,那么说不定发帖人@da_masu的经历是个特例吧。

いずれにしても京都の文化は特有であり、奥が深いと言えるだろう。
但无论如何,京都文化独特而深奥,这一点是毋庸置疑的。
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